はじめに
相続対策の失敗例ということで、具体例を基に検討をしてきます。今回は、「相続税対策は、相続対策にあらず」というテーマについて検討してきます。
具体例
被相続人甲(亡くなった人)には、相続人がAB(いずれも甲の子ども)とします。相続税法においては、相続時精算制度という制度があり、これは生前に2500万円(平成29年12月現在の法令の規定によります。以下同じ。)までであれば、贈与税の負担なく、被相続人の財産を配分できる制度です。甲は、相続税対策として、相続時精算制度のような各種特例を用いて一番かわいがっていた次男のBに合計3億円を贈与しました。
なお、甲は長男Aには当該贈与についてはまったく相談したおらず、A、甲の相続が始まるまで贈与の事実を知りませんでした。ところで、この相続時精算制度は、相続開始後は、贈与財産を相続財産に加算して相続税の課税価格を算出する必要があります(その際、贈与税を支払っておれば、税額控除において相続税額からこれを控除できます。)。さて、甲が死亡し、甲の相続が始まりました。
ところで、相続開始時の相続財産を概算すると、約6000万円であり、相続税の申告が必要であることが判明しました(相続財産の額6000万円<相続税の基礎控除の額4200万円=相続人の数(2名)×600万円+3000万円)。相続税の申告書の作成過程で、前述のとおり、相続税精算制度を用いた贈与については、相続税の課税価格に加算されるので、Aは甲のBへの3億円の贈与を初めて知りました。
この事例において何が問題なのでしょうか。なお、当該贈与は、相続開始の1年前に行われたこととします。
問題点
本例では、相続税対策としては、生前に3億円もの相続財産を相続人に配分できたのですから、幾分かの「相続税」対策になったことは否定できません。しかしながら、甲の贈与は、特定の相続人への利益移転であり、特別受益財産となり、持ち戻し計算の対象となります。そして、民法は、相続人の相続財産を相続により取得できるとする期待を保護するために、相続人が相続財産から最低限取得できる割合を定めています。
これを遺留分といいます。そして、直系尊属(被相続人の父・母)以外の相続人の場合は、相続人の2分の1が遺留分の割合ですので、相続開始時の財産に当該贈与を加えた額にこの遺留分割合を乗じて、これと実際にAが取得した財産の額を比較して遺留分侵害の額を計算するのです。本件でのA又はBの各遺留分は以下のとおりとなります(なお、この贈与以外に贈与はなく、また債務もないとします。)。
6000万円+3億円×2分の1(Aの法定相続分)×2分の1(Aの遺留分)=9000万円(1万円以下は省略します。)。
他方、Aが相続により取得できた財産は6000万円ですので、遺留分額との差額の3000万円(9000万円―6000万円=3000万円)が遺留分侵害額となります。
結果的に、甲は相続税対策に熱中するあまり、Aの遺留分侵害を引き起こしてしまい、AB間の相続紛争を惹起してしまったのです。
対策
なぜこのようなことになってしまったのでしょうか。
ひとつの大きな原因は、甲が相続税対策と相続対策を混同してしまったことにあると考えられます。相続税対策として、生前に贈与により財産を相続人に配分して相続開始時点での相続財産を圧縮する方法は広く行われていますが、これは他面で特定の相続人への利益供与であり、他の相続人への遺留分の侵害と表裏の問題なのです。相続税対策は成功したものの、これが相続人間で紛争が引き起こしたのでは、全体としてみると何のための方策であるかということになります。
ただし、特別受益に当たるような贈与の場合には、「持ち戻し免除」の意思表示を被相続人が行った場合には、当該贈与は特別受益には該当せず、したがって、遺留分侵害の問題は生じないことになります。
持ち戻し免除の意思表示は通常、遺言で行いますが、たとえば次のような文例で行います。
「民法903条1項に規定する相続財産の算定に当たっては、本件贈与にかかる価額は相続財産の価額に加えないものとする。」
しかしながら、いくら被相続人の意思表示で持ち戻し免除の意思表示ができるとしても、相続人間の感情的なしこりは残るものと思われます。
したがって、このような贈与を行う前に、被相続人自らが、相続人となる子らにしっかりと贈与の事実や趣旨を話すべきです。
以上のとおり、「相続税対策は相続対策にあらず。」なのです。
相続税対策が必ずしも相続対策ではないことを検討してきましたが、具体的な事例の検討・適用については専門家の助言を求めることを強くお勧めします。